
日に日に緑の密度が上がってきています。でもまだ見た目は雑草。
今日は一気に間引きをやりました。

間引きの合図は、草の葉っぱが5~6枚になったとき。
株間3~5cmに、弱弱しいものから抜きつつ雑草も一掃していくのですが、
気を抜くと、残すべきほうき草も抜いてしまいそうになります。
集中力と判断力が要求される、気分はシューティングゲームである。
手袋型の飛行船がほうきの銀河を駆け抜ける、
そんなヘンな想像をしながら、約4時間で作業は終わりました。

夕暮れのほうき畑も良い色です。

日に日に緑の密度が上がってきています。でもまだ見た目は雑草。
今日は一気に間引きをやりました。

間引きの合図は、草の葉っぱが5~6枚になったとき。
株間3~5cmに、弱弱しいものから抜きつつ雑草も一掃していくのですが、
気を抜くと、残すべきほうき草も抜いてしまいそうになります。
集中力と判断力が要求される、気分はシューティングゲームである。
手袋型の飛行船がほうきの銀河を駆け抜ける、
そんなヘンな想像をしながら、約4時間で作業は終わりました。

夕暮れのほうき畑も良い色です。
種まきから16日目のほうきたち。写真は今日の様子です。


およそ雑草にしか見えないですが、これがほうきの芽なんですよ。
あと一か月半もすれば、私の背丈を超えます。
植物の成長の早さは本当に驚異的。容赦ないです。
それだけ土と水と太陽のエネルギーはでっかいってことなんだろうな。
このまま順調に、すくすくと成長してくれることを願います。
本日、ほうきの発芽が観測されました!

列になっていないと気付かないぐらい小さな芽たちです。
元気に育っておくれよ~
難波田城資料館で開催中の平成28年春季企画展「ほうきと竹かご」へ行ってきました。
目的は、この地域のほうき職人、永倉一男さんの実演。
資料館の一室で、黙々とほうきを作られていました。
作っていたのは東京型の手ぼうき(トウテボウなどと呼ばれる形です)。
客席には、地域の方々なのでしょうか、たくさんの方が見に来られていました。
素早い永倉さんの手つきに、皆さんの視線は釘付けで、しばしば感嘆の声が聞こえてきました。
この地域も、つくばと同じく、その昔周りはほうき畑に覆われていたそう。
そしてつくばと同じように、ほうきが売れなくなっていくのと同時に草を栽培する人もいなくなってしまったそうです。
永倉さんが使っている草は、公民館や地域の人の協力で栽培されたもの、あるいは輸入の草ということでしが、
残っている草はあと3か月分ぐらい、と材料不足に嘆いている様子でした。
やっぱり、ほうきにしてもそのほかの工芸にしても、材料がなければどうやっても立ち行けない。
私の師匠が強いのは、6年前にほうき作りを本格的に再開したとき、材料の栽培から挑戦したこと。
本来師匠はほうきを作る方が専門で、栽培は農家さんの仕事だったそうです。
栽培と制作、切っても切れない関係になってしまったほうき作り。
でも、知り合いの竹細工職人さんは、「材料を取るところが一番面白い!」と言っていた。
私も、存分に畑をエンジョイしながら、草づくりも頑張っていけたらいいなぁと思います。
ほうきの種をまきました。2016年ほうき畑のスタートです。

宝石のような艶やかな黒い粒。
これがほうきの原料となるホウキモロコシの種です。

まずは鍬でせっせと土を起こしレーキで整地。(気分は耕運機)
そして両足を開き、引きずるように溝を作って、そこへ種をまいていきます。
まき終わったら両足で土を寄せるように被せて、最後に土を踏み固めて終了です。


畑の端から端へ行ったり来たりの作業は、土を泳いでいるかのような気分でなんとも心地良い。
身体一つでできてしまうのが、ほうき栽培の良いところです。
さあ、今年の栽培は上手くいってくれるだろうか。
祈るような思いで、間引きや草取りなど、収穫までの作業を頑張っていきたいと思います。
「埼玉県の上福岡(現ふじみ野市)でほうきを見たよ」というお話を耳にして、今日逢いに行ってきました。
ここの常設展示室に、上福岡のほうきたちが居ました。
丸ガラのままギッチリと編まれた、むっちりとした形の座敷ほうき。
ざっくりとした、可愛らしいトモエ(竹を使わず、草がそのまま柄になっているもの)。
そして極めつけは、日本一大きいという長さ3m4cm 幅50cmの超巨大ジャンボほうき。
(館内写真の掲載は不可ということで、お見せできないのが残念です)
関連グッズもGET。ふじみ野市の仕事に感謝です。

この土地でほうきが作られるようになったのは江戸後期だといいます。
一時は組合が組織されるぐらい大きな産業だったそうなのですが、
現在作っている職人さんは、市内ではたった一人だけ。
草を栽培する農家さんは居なくなって、台湾や東南アジアからの輸入草で作っているそうな。
う~ん、時代に伴う変化といえばそれまでなのでしょうが、なんだか寂しいものです。
—–
現在、富士見市の難波田城資料館でも、ほうきと竹かごの特別展が開催されています。
5月28日(土)にはふじみ野市のたった一人の職人さん、永倉一男さんの実演があるそうなので、こちらにも必ず行こうと思います。
昨日より今日、今日より明日の精神で、
ここのところ毎日、穂のないホウキモドキに取り組んでいます。

毎日やると、面白いくらいほうきのことが分かるようになってきます。
特に、手がキャッチする情報量がハンパない。
人間の手は脳ミソよりも賢いのでは、と最近の私は思っています。
練習で溜まったガラは、畑に積み立てて堆肥貯金。
捨てなくていい、というのは本当に気持ちが良いものです。畑様様。

つくばのほうきのこと書き記す貴重な資料に、『茨城県の農家副業 第四編』という本があります。
大正8年、農村の発達のために編纂されたこの本は、県内各地の農家副業を調査・記録したもの。
現代っぽくタイトルを付けるとすると、『農家のための副業マニュアル!』という感じでしょうか。
そしてその中に、「筑波郡大穂村の草箒」という章が登場します。
ここには、大穂村(現つくば市大穂地区)におけるほうき作りの歴史から、草の栽培法、収量、栽培に必要な人員、道具、加工法、収支に至るまで、ほうき作りに関するありとあらゆる情報が記録されています。
当時のほうき作りについて知ることができる、私にとってはそれはそれは有難い、聖典というべき本。
いつでも取り出して読めるように製本してみました。

(ちゃんと裏には「国立国会図書館デジタルコレクションより」と記載しています。こんな貴重な資料をネットで読めるとは、情報社会ってすごいです。)
本という物体に再加工することで開くのが楽しみになり、より「大事にしよう」って気持ちも沸いてくる。そういう作戦です。
ハマグリ型を練習しています。


中サイズでも、片手に収まるか収まらないかの太さ。左手の親指付け根が攣りそうになります。
柄の長さも地味に堪えます。
今年度の目標は、横綱サイズを作ること!と、つい先月に決めたのですが、
横綱サイズはハマグリ型の玉を2つ合体させて作る、穂首のところの幅が12cmを超える超巨大ほうき。
片手どころか、両手にも収まらないサイズです。
今はまだ良いが、本番は穂があるからもっと重くなるわけで、
中サイズでヒーヒー言っているようでは、筋力が圧倒的に足りていません。
大切なのは、左手の保持力!
ということで、しばらくトレーニングに明け暮れます。

朝からほうきを作って、気が付いたら日が暮れた。
作っているときはものすごーく集中していて、終わったらドッと疲れが噴き出します。
ほうきは、デッサンみたいに全体から攻めて仕上げることができないところが難しいです。
端から端まで一息で完成させなければならなくて、一本一本草の太さや硬さも違うので、一編み一編みが勝負。
編み目がずれたり気に入らなくても、後戻りすることはできないので、何があってもそのまま突き進んで完成させなくてはならない。
そんなことを考えていたら、ふと、中学時代にやっていた吹奏楽のことが思い浮かびました。
ほうき作りと楽器の演奏はとてもよく似ている。
楽器の演奏も、一音一音が勝負で、ミスをしても後戻りができなくて、どんなことがあっても最後まで演奏を終えなければならない。
だから練習を重ねて、本番に一番良いプレーができるようにしておくのだ。
中学時代、良い演奏ができたことは少ししかなかったけど、本当に良い演奏ができたと感じたときは、身体が音楽そのものになったように軽やかでした。
ほうき作りでは、まだまだ不自由さばかりが感じられます。
練習あるのみです。